漁業の復興、光と影 「処理水、最後まで責任持って」

2月28日にいわき市の小名浜港を訪れた。漁船が日の光を浴びながら港に戻ってくる。漁業者たちは岸壁に着くと、魚でいっぱいになった大きなバケツを軽トラックの荷台に慌ただしく移す。震災と原発事故の影響を受けた本県漁業は徐々に水揚げ量を増やし、現在は本格操業に向けた移行期間に入っている。
港に戻ってきた底引き網漁船「第3政丸」の船主志賀金三郎さん(75)に話を聞いた。志賀さんは漁師歴55年の大ベテランだ。この日は午前2時ごろ出港し、沖合約40キロで水深200メートルほどまで網を下ろした。バケツの中はメヒカリ、ノドグロ、ナメタガレイなど、いわきでこの時季に取れる新鮮な魚でいっぱいだ。
約50~60センチの常磐ものの代表格のヒラメもあり、大きさに圧倒された。水揚げした魚は約600キロ。「水揚げ量は中の上だ」。志賀さんは笑みを浮かべて車に魚を積み、競りが行われる小名浜魚市場に向かった。
移行期間の操業で県内6漁協は出漁日数を増やすなどして水揚げ量の拡大に取り組んでいる。小名浜魚市場の競り場では、仕分けられた魚が次々と搬入されていた。籠の中には数え切れない種類の魚が並び、初めて見る魚も多い。
震災後にわずか3種類の魚種で再開した漁業は、今では以前と同じ200種類以上が漁獲可能となった。震災から11年。実際に豊富な魚が並ぶのを見て、着実に漁業復興の道を歩んできたんだな―。そう感じた。
一方で、東京電力福島第1原発で発生する処理水について、政府が2023年の海洋放出方針を示したことが本県漁業に影を落とす。志賀さんは「海洋放出は降って湧いた。われわれに何の説明もなく、政府が勝手に決めた」と憤る。
もちろん、廃炉の必要性は理解している。でも、風評被害の悪化には危機感を抱かざるを得ない。廃炉と海洋放出には30~40年かかるとされ、志賀さんはつぶやく。「政府と東電には、処理水の最後の一滴まで責任を持ってほしい」
処理水を巡っては、立場によってさまざまな考え方があるだろう。漁師たちは、処理水の海洋放出問題に不安を感じながら、懸命に海と向き合っていた。果たして、放出を決める側は真剣に現場に向き合っているだろうか。本県沖の豊かな海が、漁業者の「誇りを持って生きる場」であり続けるための対策が必要だ。(いわき支社・渡部俊也)