【食物語・刺し身こんにゃく】 特別な日の食卓飾る 水戸藩から伝わる

東白川郡は県内きってのコンニャクイモの産地。コンニャクイモから作られ、刺し身のように薄造りが特徴の「刺し身こんにゃく」はかつて、祭りの日や新年など特別の日に家庭で手作りされ、食卓を飾った。
コンニャクイモは江戸時代中期に水戸藩から伝わり、郡内に定着したとされる。水戸藩は矢祭町に隣接する茨城県久慈郡でコンニャクイモの栽培を奨励した。東白川郡には水戸城下、久慈郡とをつないだ水戸街道を通って広がったとみられ、水戸街道と重なり、棚倉、塙両町を走る国道118号沿いには「こんにゃく御殿」と呼ばれ、コンニャクイモの栽培で財を成した農家の屋敷が所々で見られる。
◆全工程が手作業
コンニャクイモ栽培のピークは昭和40年代。以降は食生活の変化でこんにゃくの需要が減り、生産農家や加工業者も減少していった。実家の農家でコンニャクイモを栽培していたという矢祭町の主婦緑川宏子さん(61)は「新年を迎えると、保存用の室(むろ)から取り出したイモをすって刺し身こんにゃくを作っていた」と振り返った。祭りや正月だけでなく、お茶請けとして客人をもてなすこともあったという。
下火になったものの、食文化として受け継ぐ人たちがいる。矢祭町では「こんにゃくで栄えた地域の伝統を伝えたい」と、住民有志が在来種のコンニャクイモを栽培する。同町にある鮮魚店直営の料理店「さかな家」は在来種の提供を受け、1年ほど前に刺し身こんにゃくを献立に加えた。元々が「矢祭の自然の恵みを生かした料理」を自慢とする店。「地域の特産を受け継ぐ力になりたい」と店主の丸山安則さん(44)は語る。
刺し身こんにゃく作りは直径20センチほどのコンニャクイモの硬い皮を金だわしで一つ一つむく作業から始まる。真っ白な実をすり下ろして練り、型に入れて熟成させる。完成まで半日ほどかかる。この店では全ての工程が手作業。楽ではないが、「家で食べているのと歯ごたえが違う」と喜ぶ客の声が励みになっているという。出来たては風味が良く、ショウガ醤油(じょうゆ)につけて食べるのが一番だ。「煮物などさまざまな料理への応用も試しながら、作り続けたい」と丸山さんは意気込む。
◆30年越しの挑戦
棚倉町の食品加工業小松屋本家。店主の古市泰久さん(68)が軟らかさを追求した「つるりん蒟(こん)」が自慢の店だ。首都圏の料亭やホテル向けに開発された。十数年前の製造当初に地元でも手に入りにくかったことから「幻のこんにゃく」とも呼ばれる。古市さんがこんにゃく作りを始めたのは50代半ば。20代の時、料理店で食べた刺し身こんにゃくに衝撃を受け、「いつか、これを超えるこんにゃくを作ってやる」と思ったのがきっかけ。30年越しの挑戦だった。
こんにゃくの硬さは水に対する原料の粉、凝固剤の量で決まるという。古市さんは約1年かけ、つるりん蒟を完成させた。パッケージには大きく「棚倉づくり」の文字。「新しい棚倉の名物に」との願いを込めた。古市さんに薦められ、ショウガ醤油以外にもきな粉と黒蜜をかけたり、イチジクを巻いて試してみた。滑らかな食感が楽しい。記者が持っていたこんにゃくのイメージを変えてくれた。地域の名産として広がる日はそう遠くない気がした。
(写真・上)コンニャクイモの皮は硬く、金だわしでむく(写真・下)刺し身こんにゃく作りは全て手作業。完成まで半日ほどかかる
≫≫≫ ひとくち豆知識 ≪≪≪
【県産のほとんどが東白川郡産】東白川郡(棚倉、矢祭、塙、鮫川の4町村)でのコンニャクイモ生産は昭和40年代の前半に最盛期を迎えた。その後、食生活の変化などで需要が低下、近年は生産農家や加工業者の減少傾向が続いている。コンニャクイモの栽培は現在も棚倉町などで盛ん。県内の生産量のほとんどを東白川郡が占めている。JA東西しらかわ(白河市)によると、今年の棚倉町での作付面積は8.2ヘクタールで、収穫量は206トンになる見込み。
【こんにゃくの神様まつる】矢祭町には、こんにゃくの神様と言われる中島藤右衛門(とうえもん)をまつる蒟蒻(こんにゃく)神社がある。藤右衛門は久慈郡の農民で、江戸時代後期、腐りやすいコンニャクイモを粉にすることを考案、こんにゃくの原料の長期保存などを成功させた。年間を通じてこんにゃくを生産できるようにするなど、販路拡大にも貢献した。その後、こんにゃくは水戸藩の特産品として藩の財政を支えたとされる。
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