【食物語・いわきのマンボウ料理】 将軍も所望した珍味 見慣れぬ品書き

「マンボウのじく焼き」。5月下旬のある夜、いわき市平字白銀町にあるなじみの飲食店「しろがね あぶらや」で見慣れぬお品書きに目が留まった。「マンボウを食べられるの」。記者の質問に店主の小野博靖さん(38)は「夏はマンボウかと思ってね」とひと言。水族館でしか見たことのないマンボウをどう味わうのか。好奇心に駆られ、小野さんに後日の調理を依頼した。
◆湯長谷藩献上品
まずは歴史からと、親交のある元いわき市文化財保護審議会長の小野一雄さん(73)=同市小名浜=を訪ねた。「マンボウ料理の歴史を教えてほしい」との相談に、小野さんは一編の資料を見せてくれた。資料は江戸後期の1804(文化元)年に出版された「武鑑(ぶかん)」で、大名の氏名や石高などが記された当時の人名録だ。「これがマンボウだよ」と指した先には、湯長谷藩主が将軍に献上した品の欄に「在所之粕漬浮亀(かすづけうきき)」と書かれていた。
「浮亀はマンボウの腸。江戸に運ぶために保存食のかす漬けにして送ったと思うよ」。小野さんの話を聞き、マンボウとの距離が縮まったように感じた。湯長谷藩は、江戸幕府が終わりを告げるまで浮亀の献上を求められたという。湯長谷藩の領分だった現在のいわき市江名、豊間両地区の人は浮亀を藩主に納めた後でなければマンボウを口にすることができなかった。将軍が所望した味はどのようなものかと思いを巡らせた。
「沖のマンボが昼寝して、銛(もり)に刺されて、目が覚めた」。戦前に浜の子どもたちが口ずさんだ歌が残る。梅雨の前、暖流に乗って海中を漂いながら、のんびりとやってくるように見えるマンボウは浜の人にとって愛着のある魚だった。ただ東京電力福島第1原発事故後は地元の港に水揚げされなくなり、浜の人も口にする機会がほとんどなくなった。同市小名浜の料理店「ひら多」の店主渡辺克雄さん(88)は「地元の人は誰がマンボウを買ったのかを知っていたので、市場で朝、マンボウを仕入れると、夕方に食べに来たんだ」と懐かしむ。
◆食感やみつきに
歴史を知り、再び「しろがね あぶらや」ののれんをくぐる。マンボウの腸を焼いた、じく焼きに加え、普段は出さないという刺し身、そして、肝臓とみそなどを混ぜ合わせたタレに身を合わせる肝(きも)みの3品を作ってもらった。仕入れたマンボウは宮城県産。小野さんは包丁を使わず手で身を裂き、さっと湯通しした。マンボウの身は水分を多く含んでいる。「包丁を使うと水分が逃げるから手で裂くんだ。湯通しは水分をとどめておく効果がある」
料理が完成すると、待望の試食。刺し身を口にすると、イカの身をやわらかくしたような食感に驚く。肝みは濃厚で、「これは日本酒に合う」と、小野さんと口をそろえた。最後にじく焼きに舌鼓を打つ。焼き肉のミノのような食感と味がやみつきになる。「いわきの夏と言えばカツオやウニの貝焼きだが、マンボウも忘れないでほしいね」。小野さんの言葉に納得の味だった。
(写真・上)マンボウの腸は両面を香ばしく焼いてから薄切りにする(写真・下)左奥がマンボウの腸を焼いた、じく焼き。左手前が肝みで、右が刺し身
≫≫≫ ひとくち豆知識 ≪≪≪
【マンボウ料理の作り方】 飲食店「しろがね あぶらや」のマンボウの肝みの作り方はこうだ。(1)手で切り裂いた身を湯通しする(2)肝を、肝の3分の1程度のみそと一緒にたたいてあえる(3)しょうゆを適量加えながら、肝のみそあえに身を入れ、手で混ぜ合わせる(4)最後に、しょうがの搾り汁を入れる(5)キュウリやネギなどの薬味を加えると味が引き立つ。マンボウの身は淡泊なため、味付けをしっかりするのがポイント。
【おかずにも薬にもなる】 マンボウはフグの仲間で、温帯と熱帯の海に広く生息している。成魚は体長3メートルほど。日本では定置網で漁獲されるが、世界には漂っているところをもりでついて漁獲する地域もある。白身でやわらかく、刺し身として食べるのが一般的だ。身よりもうまいとされるのが腸。江戸期にはマンボウの腸は浮亀(うきき)と呼ばれ、腹痛や胃病の特効薬とされた。
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